A店特典
#1 - 2024-8-17 14:32
仓猫
白球に乗せて届ける恋結び
「先輩、キャッチポールをいたしましょう……!」
この日、学校帰りに呼ばれてやってきた涼風邸にて。妙に気合の人った言葉とともにサンタを出迎えてくれたのは、なぜか学校指定の体操着に身を包んだスクイと詩織だった。
「……買ったの、それ?」
普段見ることのない服装に目を逸らしながら、思わずそんな疑問が口をついて出る。
もちろん買ったというのは体操着のことではなく、スクイが手にはめている真新しい子供用グロープのことである。
「当たり前です。スクイはキャッチャーなのですから」
「はあ」
よくわからない返事に暧味に頷いてみると、押し付けられるように軟式ボールを手渡される。
こうなれば気の済むまで付き合おうと、サンタはスクイから距離を取った。
「まあいいか。それじや投げるからなー」
「任せて伝ください……っ!」
そのカ強い返事を聞き届け、山なりのゆっくりとした球を放る。
放物線を描いて飛んでいくボールを身体全体で追いかけて、スクイがバンザイするように両腕を真上に伸ばす。だが球はちょうどその真ん中を通り抜けて、バウンドしながら後方に転がっていった。
背後から不意に声がしたのは、球を取りに走るスクイの背中を目で追っていたときのことだった。
「……最近、野球小説を読んだらしいんですよ」
「詩織さん……'びっくりするんで後ろから急に話しかけてくるのはやめてください」
「仕方ないじやないですか。お嬢様には内緒のお話ですし」
「というと?」
「ほら、よくあるじゃないですか。キャッチボールでお互いの理解が深まる、みたいな話。それからバッテリーの関係を夫婦に喩えて、キャッチャーのことを女房役って呼んだりとか」
「……ありますね」
「いじらしい努力だと思いません?」
「考えすぎですよ。俺の練習を見てて、ちょっと球遊びをしてみたくなっただけですって」
「ほんとにそう思います? 顔、赤いですけど?」
「……身体動かしましたからね。だいぶあったまってきました」
「うふふふ。まあそういうことにしておきましょう。あ、ほらお嬢様が戻ってきますよ」
その声に前を向くと、たしかにスクイがボールを胸の前で抱えながら戻ってきたところだった。いつの間にか詩織まで元の場所に戻っていて、まるで今のやりとりが幻だったかのようだ。
「ふう、お待たせしました。……先輩?」
「いや、なんでもない。投げていいぞー」
「わかりましたー!」
スクイがそう言って、ボールをグラプから取り出す。
かと思うとそれを祈るように顔の前に掲げて、小声で何かを呟きはじめたみたいだった。
「……先輩仁………たら…………伝わ…。…いす…………」
なにを言っているかはわからないが、真剣で、それなのに楽しそうなキラキラした目で。
「いきますよー。先輩、ちゃんと受け取ってくださいね……?」
「おーう、任せとけー」
気の抜けた返事をしながら、心中はそれと正反対だった。詩織が言ったおかしなことのせいで、すべてが意味のあることに思えてきてしまって仕方がない。
否、仮に意味なんてなにも込められていなかったとしても。
サンタ自身が、スクイからのボールは絶対にキャッチしたいと思ってしまったのだ。
大会決勝最終回の九回裹よりも緊張して、サンタはスクイから放たれた白いボールにグラプを伸ばした。
無事サンタの手元に収まった球を見て、スクイはその日一番うれしそうに笑った。
「先輩、キャッチポールをいたしましょう……!」
この日、学校帰りに呼ばれてやってきた涼風邸にて。妙に気合の人った言葉とともにサンタを出迎えてくれたのは、なぜか学校指定の体操着に身を包んだスクイと詩織だった。
「……買ったの、それ?」
普段見ることのない服装に目を逸らしながら、思わずそんな疑問が口をついて出る。
もちろん買ったというのは体操着のことではなく、スクイが手にはめている真新しい子供用グロープのことである。
「当たり前です。スクイはキャッチャーなのですから」
「はあ」
よくわからない返事に暧味に頷いてみると、押し付けられるように軟式ボールを手渡される。
こうなれば気の済むまで付き合おうと、サンタはスクイから距離を取った。
「まあいいか。それじや投げるからなー」
「任せて伝ください……っ!」
そのカ強い返事を聞き届け、山なりのゆっくりとした球を放る。
放物線を描いて飛んでいくボールを身体全体で追いかけて、スクイがバンザイするように両腕を真上に伸ばす。だが球はちょうどその真ん中を通り抜けて、バウンドしながら後方に転がっていった。
背後から不意に声がしたのは、球を取りに走るスクイの背中を目で追っていたときのことだった。
「……最近、野球小説を読んだらしいんですよ」
「詩織さん……'びっくりするんで後ろから急に話しかけてくるのはやめてください」
「仕方ないじやないですか。お嬢様には内緒のお話ですし」
「というと?」
「ほら、よくあるじゃないですか。キャッチボールでお互いの理解が深まる、みたいな話。それからバッテリーの関係を夫婦に喩えて、キャッチャーのことを女房役って呼んだりとか」
「……ありますね」
「いじらしい努力だと思いません?」
「考えすぎですよ。俺の練習を見てて、ちょっと球遊びをしてみたくなっただけですって」
「ほんとにそう思います? 顔、赤いですけど?」
「……身体動かしましたからね。だいぶあったまってきました」
「うふふふ。まあそういうことにしておきましょう。あ、ほらお嬢様が戻ってきますよ」
その声に前を向くと、たしかにスクイがボールを胸の前で抱えながら戻ってきたところだった。いつの間にか詩織まで元の場所に戻っていて、まるで今のやりとりが幻だったかのようだ。
「ふう、お待たせしました。……先輩?」
「いや、なんでもない。投げていいぞー」
「わかりましたー!」
スクイがそう言って、ボールをグラプから取り出す。
かと思うとそれを祈るように顔の前に掲げて、小声で何かを呟きはじめたみたいだった。
「……先輩仁………たら…………伝わ…。…いす…………」
なにを言っているかはわからないが、真剣で、それなのに楽しそうなキラキラした目で。
「いきますよー。先輩、ちゃんと受け取ってくださいね……?」
「おーう、任せとけー」
気の抜けた返事をしながら、心中はそれと正反対だった。詩織が言ったおかしなことのせいで、すべてが意味のあることに思えてきてしまって仕方がない。
否、仮に意味なんてなにも込められていなかったとしても。
サンタ自身が、スクイからのボールは絶対にキャッチしたいと思ってしまったのだ。
大会決勝最終回の九回裹よりも緊張して、サンタはスクイから放たれた白いボールにグラプを伸ばした。
無事サンタの手元に収まった球を見て、スクイはその日一番うれしそうに笑った。
#2 - 2024-8-17 14:55
リゼ・ヘルエスタ
(どこか遠くへ行く、あなたを信じます)