#1 - 2024-3-7 17:38
水色童話 (大地に咲く一輪の花)
引自《富野由悠季 全仕事》(1999.6  キネマ旬報社)

Q.
70年代入り口『あしたのジョー』で出崎統さんと初めて仕事をされた時、相当ライバル意識を燃やしたとのことですが?

A. (富野答)
「アニメーターでありながら映像作家でありたいとする演出家に初めて出会ったのが、さきまくら(出崎統)だった。その部分でショックだったということです。ライバル意識というものじゃない。
何よりもアニメーター出身の演出家が必ずしもアニメの演出に適しているかというとそれは少ない。それなのに彼は映像指向、映画を作るというスタンスをきちんともっていたのがとにかく意外だったんです。
それと、自分がやっつけ仕事みたいになっていた部分とTVシリーズってこんなもんだろうとビジネス的に妥協した気分でやっていると、すごく損するよということを彼から教えられました。
つまり作りたい意志を持っていればTVシリーズであっても、極度の枚数制限をかけられた作品であっても、それなりの作品になるという可能性を見せてもらった。
だから初めこそ自分より年下ですし、生意気な奴だと思っていたのですが(笑)、フィルムを何本か見せられていくうちに、やはり彼の技法みたいなものは盗むまでは行かなくても、わかるような自分になりたいというのがあった。
彼には僕のコンテがかなりやっつけ仕事的に見えたのようで、かなり直されたけど、それでも演出の処理までやって、技法みたいなものを盗みたいと思ったので、ある時期から何本か演出もさせてもらいました。
その後のリミテッドアニメを作っていく上での、最低限の技法みたいなことも教えてもらった。
極端に言うと、全部止めの絵でも映画的に流れて見えるような作り方は出来ないものか。そういうことです。動きではなく、映像としての流れがどういう風に構築出来るのか。基本的センスは圧倒的に隔たりがありますが、考えみたいなものは教えてもらったと思っています。」

懶得翻譯,極為簡單來說就是:富野驚異於出崎對於有限動畫的演出技法,並想盡量將這種手法學下來。


看到這個我想到V高達山本裕介的採訪裡,提到富野教過山本「對於畫面演出,動畫流暢性不是必要的,比起動畫如何流暢,更應優先考慮想用這個畫面表達什麼」。