2018-9-28 08:03 /
紫と橙に支配されていた店先はいつの間にか赤と緑で塗り替えられている。
まだ一ヶ月以上は先の行事に浮かれている世間を尻目に、俺はいつもの場所へと向かっていた。四軒茶屋に通うのも随分と慣れたものだ。
少し離れたところで女共がこちらを熱く見つめながら噂話をしていることには気づいていたが、知らないふりをした。小窓越しに流れていく都会の夜景に浮かぶ自分の顔が表情を失っているのがわかる。狭い車内で揺られ続けてどの程度の時が経ったのかはわからない。
探偵王子としての俺しか見えていない奴らに愛想を振りまくのは、他人が傍から見ている以上に疲れるものだ。少しくらいサボってもいいはずだと思った。
ただでさえ、これから模範的で誠実な恋人としての顔を取り繕わなければならないのだから。
 
怪盗団にうまく紛れ込んでからそれほど日は経っていない。だが暁の的確な統率や判断、それに俺の機転の甲斐もあって既に冴さんに予告状を出す日を待つだけの段階だ。
ルート確保後もしばらくはご丁寧にメメントスにて技を色々覚えるまで叩き上げられていた。それに加え、暁がどこからか持ち込んだ依頼とやらを片付けるのに何度か付き合わされたりもした。自分一人の時は依頼通り誰かを殺すためでしかない場所で、誰かを生きて改心させる一端を担うのは何だか苦々しい気分だったのを覚えている。ただ少し前にそれらの用事は一通り片付いたらしく、以降仲間として招集されることはほとんどなくなった。
それでも今日あそこに向かっているのは――――恋人として、暁と二人きりで会うためだ。
……少なくとも、暁の方はそう信じている。
それこそクリスマスやバレンタインのような、一般的に恋人だの家族だのと過ごすものと言われがちな日も俺と一緒に居られるのだと思っているに違いない。自分も共にそう浮かれていられる立場だったなら、目の前に映っているのはこんな面持ちではなかったのかもしれない。
しかし、残念ながら予定通り事が運んだならば、クリスマスに自分の隣にいるのは暁ではないのだ。俺はきっと当選祝賀会にでも駆り出され、この世で一番憎い男の横で媚びていなければならないのだろう。
ああ、そういえばあいつも「遺伝子上は」家族なのだから、その日に場を共にしているのも必ずしも間違ってはいないのかもしれないな。なんて。
 
……反吐が出る。
皮肉に満ちた仮定だったとはいえ妙なことを考えた自分に自分で腹立たしい。そうでなくても最近、また期日が短い殺しの依頼を複数押し付けられて頭にきていたのだ。都心を少し外れ始めた車窓に浮かぶ顔がひたすら歪んでいく。
しかしさすがにこんな表情をファンに気づかれるのはまずいと懸念を抱き始めたところで、車両が見慣れたホームへと滑り込んだ。四軒茶屋だ。
眼前のドアが開くと同時に素早く人混みをすり抜け、あの店へと歩を進めていく。
狭い路地裏は月明かりが差し込んでいるおかげで、それほど暗くは感じない。俺を歓迎する柔らかい灯が目に入るまでにそう時間はかからなかった。
暁を使えば、この苛立ちも少しは紛れるだろう。
 
「おかえり」
 
黙って扉を開けたにも関わらず、カウンターからそんな聞きなれない響きが届いた。いつものろくに表情が見えない眼鏡を外した暁が静かに微笑んでいる。これまで店を訪れた際には聞いたことがない出迎えだ。先月俺が気まぐれでそう声をかけてやったことがあるから、あれを真似してみただけなのかもしれないが……心臓が少し浮いた。
……悪い気はしなかった。物心ついた時から、住家に帰っても自分にそんな言葉をかけてくれる者などいなかったからだ。
両親や妻子が先に家で待っているような人並みの環境も、今後望めやしないのはわかっている。だからたとえ一時の間でも、誰かに温かく迎えられる経験が出来たのはまんざらでもなかった。
暁からすればとりとめのなさそうな言葉を一人勝手に噛みしめながら、中に足を踏み入れる。
猫の気配はしない。カウベルの音だけがしばらく静寂に取り残されていた。
そういえば、逢引を目的に一人でルブランを訪れるのは久しぶりかもしれない。仲間になってからは、怪盗団としての行動が終わった後に改めてメメントスで待ち合わせるのがほとんどだったからだ。
……コーヒーを淹れる準備を暁が済ませている空気を察知したのもいつぶりだろう。文字通り苦い記憶が抽出されていく。
 
「疲れてそうな顔だな。コーヒー飲むか?」
「いや、今日は結構遅くなっちゃったし……それよりも君とゆっくり話をする時間の方が欲しいな。さっそくだけど、屋根裏に上がらせてもらってもいいかい?」
「わかった。お前の話なら、何だって聞くよ」
 
クソ苦いコーヒーを笑顔で飲み干せる余裕を今日は持ち合わせていなかった。
ここのマスター直々に技術を学んでいると聞いたのに、何をどうしたらあんな不合理な味になるのか理解できない。客として来たときにマスターに注文したコーヒーは比較的旨い方だったから、恐らく暁の淹れ方に問題がある。彼がコーヒーを出してくれるようになったのは恋人になって以降のため、嫌がらせというのも考えにくい。
何にせよ、早々に部屋に上がる提案をあっさりと了承されたのは助かった。胸を撫でおろしつつ暁と並んで軋む階段を踏み締める。さっさとベッドまで連れ込んでしまいたいところだがそういうわけにもいかず、まずはソファーへと足を向けた。
埃を被ったそれに顔を顰めないよう気をつけながら腰を下ろせば、暁も隣で俺に倣う。彼が遠慮なく距離を詰めてきたため、もう身体が触れ合っているほどに近い。怪盗団の招集に合わせてメメントスで落ち合う機会がなくなって以降初めての逢瀬だから、暁も熱が溜まっているのかもしれない。そうだとしたら好都合だ。
 
取りあえずしばらくは当たり障りのない話題を振って過ごすつもりだった。お喋りをするのは得意な方だと自負している。同年代が相手なら、大人共よりも断然楽なのがありがたい。二人で会うのに少しだけ日が空いたこともあり、その間何をしていたのか尋ねてみた。
そしたら右腕気取りの金髪ともんじゃ焼きを食べに行っただの、他多数とどこかに出かけているのを察せる話ばかり出てきやがる。怪盗団内外、老若男女満遍なく付き合いがあるらしい。うまく受け流し、予定より早めに話を切り上げさせた。仮にも恋人の俺とはそんな場所一つも行ったことがないという事実に何だか苛立ったからだ。
話題自体はそのままで今度はこちら側の話をして会話を繋げる。とはいえ、お前と会っていない間にも廃人化を続けていましただなんて馬鹿正直に言うわけがない。話の中身自体は適当な嘘が大半だ。そうとも知らず、適度に頷きながら黙って耳を傾けている暁がいじらしい。
 
やがて、会話のほどよい隙間を見計らったかのように沈黙は訪れた。
恐らく暁からしても予定調和の流れだろう。彼の纏う空気が甘く色づき始めたのを感じる。普段はほとんど表に晒されていない大きな瞳にしっかりと捉えられると、少し照れくささすら生じてきた。
人生を理不尽に汚されてもなお希望で澄んだ眼は羨ましくもあり、同時に哀れにも思う。そして時に、魔性だ。あまり見つめられたら、いつかこの醜い本性ごと取り込まれてしまいそうな予感がした。純粋に末恐ろしい。
そんな心配をし始めたところで、視線がふいに向こうから外れていく。
暁の頭が肩にそっと乗せられ、軽く体重を預けて寄り添ってくる。それに続き、互いの身体の間に置いていた俺の手の上に彼の手が重なった。ゆっくり、しかし確実に指を絡める形で手を繋がれていく。
こうも簡単に身を委ねてくるとは、ずいぶんと俺は信頼されているようだ。
何せこいつは、既に身体まで許したのだから。
 
好意を寄せてきたのは暁の方からだったと記憶している。
こちらとしてはせいぜい頼れる先輩くらいのポジションに収まれれば御の字だと考えていた。だから女ならまだしも、同性から恋愛的な感情を示されるなど想定外だったのだ。正直それを知った最初のうちは、自分の中で抵抗が全くないわけでもなかった。
しかし友人という立場より圧倒的に近くで行動を把握できる――ついでに好意を逆手に取って色々と弄べるのは愉快だと思い、付き合うことを了承した。
いざ打算的な恋人関係を築き始めたら、相手が異性ではないことも意外と気にならなくなっていった。彼は比較的中性寄りの容姿をしているとはいえ、慣れというのは恐ろしいものだ。
それから一通りの段階を済ませたうえでの感想としては……暁はかなり、悦かった。あまり恋人面されたら鬱陶しくなるのではないかと当初懸念していたのも忘れ、むしろこちらから誘い出すことすらあった程度には。今日だって主な目的は大体そこだ。
 
怪盗団のリーダーとしての判断が優れているのは認めてやる。ただ、嘘にまみれた俺の正体を見抜けなかったのは詰めが甘いと言えるだろう。それがお前の運の尽きだ。
一般的な奴らの場合と違い異世界を利用できないのは少し面倒なものの、これほど気を許しているなら本来はいつでも隙を見て殺せる。文字通り寝首を掻くチャンスだっていくらでもあった。それをしないのは、今がその時ではないからだ。全てを被って消えてもらう必要があるからお前を生かしたままにしている、ただそれだけ。
そう、こちらからすれば全部恋人ごっこなのに馬鹿な奴。
……なのに暁の手から伝わる柔らかな温もりが心地よいだなんて、雰囲気にでも当てられているのかな。
俺が求めているのはこんな生ぬるい熱ではなく、もっと本能的な激情のはずだ。
早くこいつを貪りつくしたい。
暁の命だけじゃ飽き足らず、性すら弄んで奪ってしまいたい。
 
しかし、この欲を即剥き出しにしてしまうのは今の最適解ではないと判断した。暁の方は穏やかにもたれかかってきているだけで、まだこの安寧に浸っていたいとでも言いたげな様子だったからだ。
煩わしいが、劣情を悟られないようもう少し甘い言葉を吐きながらムードに付き合ってやることにした。
 
「ねえ、暁」
「……ん」
「君とお付き合いして、もう三ヶ月は経つけど……」
「たった三ヶ月だ。まだまだこれからだな」
「そうとも言えるね。……僕は暁とこういう仲になってから、それ以前には知らなかった君の意外なところがわかるようになって驚かされているよ」
「例えば?」
「控えめそうに見えるのに、結構積極的なところとか」
 
先ほど彼の方から組んできた指に軽く力を込めることで暗に具体例を示してやる。自分から身体を寄せてきた時点でも相当だが、こいつは口数が少ない割に時折とても大胆だ。ベッドの上ではそれがより顕著に表れる。思えば、その片鱗は既にジョーカーとしての彼に色濃く発現していたのかもしれない。
「俺の方から押されるのは嫌いか?」
「そんなことないよ。普段大人しい君が求めてくるのはたまらないから……今日だって楽しみにしてる」
「ならよかった」
「そういえば、君はどう?付き合うようになってから、暁の中で僕の印象は何か変わったりしたのかい」
「……そうでもないかな。出会った頃からあまり変わらないかもしれない」
「へえ……どんなイメージ?君にどう思われているのか気になっちゃうなぁ。教えてよ」
「……うーん……」
「……」
「…………」
 
……こいつが返事にやたら長い時間を費やす場合があることにももう慣れた。
たまに立ったまま寝ているのではないかと不安になるほど、返答の気配が感じられない時すらある。眼鏡で目元が隠されていないからましな方だが、恐らく今回もしばらく考え込んでしまう流れなのだろう。正直深い意味はなく適当に振った話題なのだから、適当に答えてくれればいいものを。
俺の肩に頭を乗せたまま俯いてしまった暁から目を離し、正面に顔を向ければ雑多な棚が嫌でも視界に入る。不本意だが、それらでもぼんやりと眺めて暇を潰すことにした。
 
大きな棚自体は古びていて少し埃っぽいが、その中や周辺に飾られているもの自体はどれも新しい。そしてこの場所を訪れるたびに何かしらが増えていることが多かった。よってこれらは屋根裏に元々あったものではなく、暁がここに住み着いてから好きで飾っているものだという推理は容易に出来る。
しかし系統がバラバラで暁の趣味ではなさそうなものも並んでいること、俺以外の奴らとしょっちゅう出歩いていること――それらを加味すると、あれは出先で記念の類として貰ったものなのではないだろうかという邪推も以前から湧いていた。ただ何がどいつからの貰い物なのかはさっぱり見当がつかない。強いて言えば、普段学校の美術室くらいでしかお目にかからない彫像に関しては何となく思い当たる男がいる程度か。
自分は暁を騙して付き合っている側だ。にも関わらず、彼が他の誰かと時間を共にしているのを実感するとやはり無性に癪に障る。それに、どうもまた何かが増えているように感じた。最後にここに招集された時あんな目立つ熊手などなかった気がする。誰から貰いやがった。
 
沈黙の中、組まれたままの指がぴくりと動いた感触が伝わった。
一人勝手に気分を害する羽目になっていた意識がそれにより呼び戻された。同時に、肩に乗っていた重みが離れていく。
暁の方に目を戻せば、顔を上げた彼と視線がぶつかった。
「僕」へ抱いているイメージに対する答えをやっと思いついたか。表向きの自分への印象などどうせ王子とか爽やかだとかその辺しかないだろうに、何をそんなに考え込む必要があったというんだ。
散々待たされたことに対する溜め息を飲み込み笑顔を造ったところで、暁がようやく口を開いた。
 
「悪魔」
 
聞き間違いだと思った。
さっき自分で予想したような、世間一般的に俺が向けられている印象を提示されるのだろうと高を括っていたからだ。
こんな答えはあまりに想定外すぎる。言っている意味が一瞬理解できず何度か瞬きをした間にも、それ以上の言葉も補足も返ってこない。
嘘で念入りに塗り固めたはずの「僕」に対する印象が、言うに事欠いて悪魔。
俺の本質からすればあながち間違いとも言い切れない回答に寒気すらした。自分からこちらに心身を擦り寄せていた奴から出てきたとは思えない言葉だ。
動揺を悟られないよう、冷や汗を必死で抑えながら適切な反応を捻りだす。
 
「ぼ、僕、知らないうちに何か君が嫌がるようなことしてたかな……??一体僕のどこを見てそんな怖いイメージを持たれちゃったんだろう……もしくはわざと困らせていじわるしてるだけ?」
「……」
「あっ……、それとももしかして『小悪魔』って言いたかったのかな?この場合一文字のあるなしで全然印象が違うよ」
 
純粋な疑問を投げながら、いつもより大げさに眉尻を下げてしゅんとしてみせる。単にからかっているだけとか適切な語彙ではなかった可能性をさりげなく指摘しておくのも忘れない。
にも関わらず、それらの確認への反応がなかったのがまた恐ろしかった。こいつが一体何を根拠にあのような結論に至ったのか、そして何を知っているのかがさっぱりわからない。
暁は、その強い瞳で俺を見据えているだけだった。
もし虚像ではない、俺の――本当の中身が見えているのだとしたら。
そんな懐疑に包まれそうになったところで、同時にこれまで共に過ごした暁の様子が幾多にも思い出されていく。
嘘に気づいている奴があんなに気を許すはずがない。
自ら寄り添ってきて一緒に過ごしたがるわけがない。
二人きりで何度も密会したあげく、ましてや身体を好きにさせるはずがない――そういった想起の数々が、本来順当な判断だったはずの疑心暗鬼の邪魔をした。
 
その証拠にほら、暁は俺に求められても拒絶しない。
裏付けを欲するように、空いている片手を彼の制服の裾から無断で滑り込ませた。有無を言わさず掌を肌に沿わせて触れていく。瞬間びくりと身体を震わせはしたがどうやらくすぐったさに対する反射だったらしく、その後は大人しいままだった。臍を通り過ぎ胸の近くまで指が這っても咎められる気配はない。それどころか、熱を持った吐息が僅かながらに漏らしたのを聞き逃さなかった。
俺を受け入れているのは確かなくせに、こいつが妙なことをほざいたせいで疑念がちらつきやがる。真意を問おうにも未だ口を開きやがらない。混乱した脳はただ確信が欲しかったのだ。
こいつも所詮、俺の造りだした外面だけを好いて無様に死にゆく愚者に過ぎないという確信が。


「ねえ……色々聞いてるのにどうして何も答えてくれないの?暁が突拍子もないこと言うから、本当は嫌われてるんじゃないかって不安なんだ。……あんまり黙ってると僕もいじわるしちゃうよ」
 
まるで心ごと探るように、掌全体で暁を感じ取りじっとりと滑らせる。服の下で胸元を何度か行き来させるたびに鼓動が徐々に早まっていく。暁が今まさにどこを触ってほしいかだなんてわかりきっているが、肝心な刺激は与えてやらない。それを餌代わりに、甘い脅しにも似た催促だけを囁いた。
暁はしばらく耐えるようにゆっくりと首を振り息を詰めている。組んだ指に時折力が入ることから、胸に与えられる感覚に反応しているのは確実だった。返事に焦れた俺が胸の際どい場所を撫でてやると、張り詰めた呼吸を解放した。ようやく喋り始める気になったらしい。
繋いだ手と胸元に触れる手、その両方から暁の体温が移ってきているのか、既にこちらまでやたらと火照り始めている。熱い。
 
「さっきの答え…、…仮にお前が鬼や悪魔だったとしても好きだと言ってるようなものだ。小悪魔という表現も確かに近いかもしれない」
「んー……暗にそのくらい僕を好いてくれてる、ってこと?」
「そう受け取ってくれてもいい」
「なんだ、じゃあもっと素直な言葉で教えてくれてもよかったじゃないか。あまり驚かせないでほしいな。……でも、万が一本当にそんな人と付き合おうものなら命を取られてしまうかもしれないよ、きっと」
「そうかもな。で、実のところ……明智はどうなんだ?」
 
暁の言い分のうち、脳内で理論的に咀嚼できたのは正直半分程度だった。自分も少々余計な補足を喋りすぎたかもしれないという分析すら、そっと頬に添えられた彼の手により一瞬で溶かされていく。本当は彼の言葉の意図を慎重に見極めておくのが賢明だったはずだ。しかし血と熱が上った頭はもう目の前の暁自身でしか判断できない。
互いの顔の距離は縮まっていく一方だ。暁の吐息と頬が色を帯び始めているのがよくわかる。欲情している。こいつはやはり心身共に俺を求めていて、全て委ねても構わないと思っているのだ。だから本性になど気づいているわけがない。遠慮なく抱き潰してしまってもいい。
ただ、底なしの瞳だけは未だ強く俺を見澄ましているように感じた。この目で暁が何を感知しようと、しかと欺けるようにしておかねばならない。だから彼の最後の問いに対しても、堂々と虚像に過ぎない答えを出してやった。
いつも通り、言葉と同じく中身の伴わない笑顔を貼り付けながら。
 
「自分で言うのもなんだけど、やっぱり皆が揃って僕に持ってくれているらしい印象が一番妥当なんじゃない?……『王子様』だよ」
「……いっそ悪魔だったら、」
 
交渉できたかもしれないのに。
鼻先が触れ合った瞬間、そうぽつりと呟いた声が耳を掠めた。
構うことなく言葉ごと唇を奪い取る。
胸中もろくに見えやしないお喋りなどもうたくさんだ。
熱く色づいた胸でも触っていたほうがよほど明瞭な答えが返ってくるだろう。
思考に纏わりついていた猜疑心は服と一緒に投げ捨てた。