#1 - 2024-4-13 15:46
仓猫
サ終は許しません!

「この世の終わりだ!」

毎日アプリを立ち上げてログポをもらって、ストーリーが公開されるや否やプレィし、好きなキャラのガチャが来たら「実質無料」とか言って出るまでずっと回す。

そうなるほど熱中してやりこんでいたゲームが、突然サービス終了する……らしい。

「サ終を味わっていないなんて、稀莉は恵まれているよ」

嘆いていたクラスメイトの結愛が、いつもより低めのトーンで話す。結愛は私と同じでオ夕クだが、スマホゲ-ムも筐体のゲームも楽しんでいる。私はアニメ、小説が中心だ。

サ終。私には、そんな経験をしたことがなかった。

「いうほどなの?」

「いうほどだよ! やっと手に人れた水着衣装のキャラがデータですら残らない。ええ、確かに楽しかった思い出と、手に入れた時の脳汁出る感覚は味わったよ。けど、形として何も残らないんだよ?」

結愛の言う通りでどんなに課金しても、やり込んでも、どんなに思い出をつくっても形に残しておけない。人気があったならグッズが世に出て形に残ったりするかもしれないが、ずっと寄り添ってくれたアプリはなくなるのだ。

まっさらに、何も無かったかのょうに消える。

「それもまだストーリーが完結してないんだよ!? この後、どうなるかもわからずに未完で終了なんて、今までの時間を返してよって愚痴も言いたくなっちゃう」

「それは悲惨ね」

悲しむ友人の気持ちは、私も少しはわかった。

私、佐久間稀莉は声優だ。アニメだけに留まらず、スマホゲームのキャラも演じてきた。きちんと最後のストーリーまで演じられたキャラはいただろうか。それほど、長続きしない現実だ。簡単に損切りされる。維持するにもコストがかかるのだ。

変わらずいることが、難しい。

「で'昨日リリースされたこのゲームをやっているんだ」

「え? 変わり身早くない?」

「失った穴を埋めるには、新しい推しをつくるしかないんだよ」

「辛いオタクのサイクルね……」

学校での友人との何気ない会話だったけど、その後もこの話はよく覚えていた。

——けど、私は本当の意味で何もかも失う気持ちを、わかっていなかったんだ。

あの日、私はサ終しかけ、絶望を味わった。

「『空音』の役が、稀莉ちゃんに決まったんだ」

目の前の彼女、吉岡奏絵の言葉を信じることができなかった。ラジオ収録後、私は都内の海辺の場所まで連れてこられ、ラジオの相方である奏絵に告げられた。

空音、『空飛びの少女』の新作の主人公が私に決まったというのだ。

以前に主段を演じた吉岡奏絵ではなく、佐久間稀莉に。

告白の返事を期待していた中で、突然舞い込んできた事実は落差が激しすぎた。

理解できない、納得できるはずがなかった。

私にとって空音は奏絵のもので、『彼女』でしかなかった。切っても切り離せない。

だから、吉岡奏絵に言ってもどうしようもないのに、言い合いとなった。

「私なら耐えられない。無理。私に『空音』は無理。奏絵がやるしかないの、私はそれ以外嫌」

「うるさい、黙って」

怒った奏絵は私が『空音』に選ばれた理由を述ベた。

人気度、容姿、年齢。そして『空飛びの少女』に憧れて、声優になったという事実。私がイベントステージの上で暴露したのだ。それが都合の良いように思われ、理想的なエピソードが出来上がった。

「そう、稀莉ちゃんのせいだよ」

頭が真っ白になって、そのあとは涙が止まらなかった。

奏絵を傷つけてしまった。奏絵を悲しませてしまった。

私が、いたから。

私が奏絵のためと思って、自分に都合の良いコメントをイベントでしたから起こったことだった。

目の前に、奏絵はもういなかった。

「………うう」

私の言葉が、『彼女』を奪う結果になった。

終わり、だ。

これで終わり。

私たちは終わり。これつきりラジオは終了。サ終で、アンイン

ストールされる。

…終わりなの? こんな終わり方なの?

ずっと待っていた。憧れて、近づきたくて、手を伸ばして、駆け抜けて、やっと手に人れた。

手に人れたと思ったのに、指の隙間から零れ落ちた。

「……稀莉さん」

奏絵がいなくなり、一人だと思っていたが、いつの間にか知っている人間が近くにいた。

「佳乃」

長田佳乃。私の事務所のマネジャーが目の前にいて、心配そうな顔をしていた。

すぐに、仕事場でもないこの場所にやってきた。

手渡されたハンカチで淚を拭う。絶望的な中で、少しだけ冷静になった。

「……とういうこと?」

「どういう意味の言葉ですか、稀莉さん」

何より奏絵の方が辛いはずだ。空飛びのキャスト変更のことを言えずに、一人でショックを受け、私に告げるという役目を引き受けた。

そう、役目だ。

「なんで、佳乃が私のもとにすぐきたの?」

なぜ、奏絵が私を突き放した。

なぜ、奏絵がひどいことを言うはめになった。

なぜ、すぐにマネージャーがここに来た。

「……理解が早すぎますよ」

——奏絵でさえ、仕組まれていた。

彼女は演じていた。

私を説得し、納得させるために、嫌な奴を演じた。彼女を奮起させようと、私が生意気なJK声優を演じていたかのように。

……真実はわからない。

答えてくれる彼女はもうここにはいない。ただ、そう思い込めば、気持ちは少しだけ楽になった。

泣いている暇はない。彼女の方がもっと辛くて、泣きたいはずだ。

「私は……」

その後は佳乃がタクシーに一緒に乗り、家まで送ってくれた。

あのまま一人だったら、本当にどうしようもなかっただろう。

仕組んだ側の人間だとしても、佳乃を恨むことはできず、感謝するしかなかった。

ベッドに横になり、改めて考える。

私が、『空音』を演じる。

空飛びの少女の新アニメの主役だ。選ばれたことは光栄だが、あまりに戸惑いが大きすぎる。

私だって、空音を演じてみたいと思ったこともある。

だが、それは憧れだ。

奏絵に憧れて自分も演じてみたいと思った。本当に私がなりたいなんて思ったことはない。

どうしたら、と考えるが妙案は今すぐに浮かばない。

どうすればいい。私はどうすればミ……。

「奏絵……」

彼女の名前を呼んでも返ってこない。今はその名がチクリと痛答えは出ずに意識はフエードアウトレ、暗闇へ落ちていった。

朝、起きるとすぐに私は行動した。

だが、

「奏絵がいない…?」

利用した側は何か知っているだろうと考え、自分の事務所に電話をかけた。

奏絵の事務所への連絡を頼み、今一度冷静に話をしょうとしたが、肝心の彼女が東京にいなかった。

奏絵は青森に行った、らしい。

どうして? どうしてか事務所も教えてくれず、不明だった。

困った。

が、行き先を伝えていることに、ちょっとだけ安心した。思い詰めすぎて、行方知らずなんてことにはならなかった。彼女は何らかの事情があって向かったのだ。

青森。そこには奏絵の実家がある。彼女の故鄉だ。

「………」

良くないことばかり考えてしまう。

心が折れて、地元へUターン転職。声優の仕事を続けることを諦めて、家の仕事を継ぐことになったとか。それにしては行動が早すぎる。

「いや~好青年で知られる彼が、まさか浮気なんて信じられないですね」

「……浮気!?」

テレビのコメンテーターの言葉に、反応してしまった。

奏絵が、青森で浮気。

傷ついたところに誰かが優しい言葉をかけて、彼女の心が摇れてしまった。

例えば、青森の頃に仲の良かった友人、先輩、後輩、恋人とか……

恋人!? いやいや、奏絵に恋人って……いたのか? あんなに素敵な彼女なのだ。彼女の一人や二人いた可能性はある。クラス全員彼女だった。そんなこともありえる。……彼女、彼氏? わからない。仲良くなったはずなのに、私はまだまだ青森の時の彼女についての情報がない。

吉岡奏絵の恋愛遍歷を、私は知らない。

「真面目に見えて、昔はってことありますよね」

「裏では……ってことも、よく聞きます」

「だからといって、もう良い大人ですよ。役者とはいえ社会人としてですね」

「お酒のカは佈い」

「お酒の力じゃなくてそれが本性なんですよ」

「何にせよ、気持ちが軽くなってしまうのは確かだ」

テレビからのコメン卜が私にぐさぐさと刺さる。お酒の勢いで……なんて奏絵ならありえてしまう。というより、「美味しいお酒があるよ」の一言で簡単に釣られてしまいそうだ。

怖い。

元カノが「奏絵、荒れた東京でなく、地元で一褚に暮らそうよ」と言っているかもしれない。「林檎農園を営み、アップルパイを每日食べるのもいいかもな……一と奏絵が思っていたら大変だ。

「新しい品種を開発しょう。かなえっていう林檎はどうかな』なんて話が始まってしまう。駄目に決まっている!

こうしていられない。奏絵が林檎を育てて収穫してしまう!

「……今すぐ、青森にいくわよ」

そんなことはないと思いつつも、考えてしまうのだ。

——彼女がこのまま帰ってこないのが怖い。

二度と会えないなんてことがあったら、私は一生後悔する。そんなことは絶対に嫌だ。

簡単に行ける距離ではない。けど、行けない距離ではない。無茶なことではないのだ。

平日。学校に行っている場合ではなかった。

こうして私の青森ヘの旅が始まり、奇跡は起きたのだ。

そして、私は『冬の桜』を目撃したのであった。

extra

目の前で起こった奇跡を目撃した私は、物陰に隠れながら慌てて連絡した。

ニコールもせずに、携带電話からは声が返ってきた。

私は早速、ありのままの事実を述ベる。

「奧様、稀莉さまは無事に吉岡様と会うことができました」

「早すぎるわね」

その通り、まだ降り立った新青森駅だ。

稀莉様がこれからどう行動するのかハラハラだったが、そんな心配はすぐに吹き飛んだ。新幹線から降りたばかりで彼女たちは出会った。吉岡様が稀莉様に気づき、駆け寄った。感動の再会を果たしたのだ。

偶然ではない。運命だ。

「愛のカね」

「ええ、愛のカです」

吉岡様が稀莉様に再会の勢いで抱き着いた瞬間、感動的なBGMが私の頭の中で流れた。ファンファーレが流れ、讚美歌が歌われ、仰けば尊しの合唱が始まった。

今まで見たとんな名作映面よりも、印象に残るシーンだ。

あまりに美しい光景に、涙と鼻血が溢れて止まらなかった。

「任務お疲れ様。感謝しているわ」

「いえ、メイドとして当然です」

むしろ感謝したいのはこちらだ。この瞬間を見られて、私は幸福だ。

「この後、二人はどうするのかしら?」

「青森の実家に行くのも考えられますが、吉岡様はためらう気がします」

「もう挨拶してきちやえばいいのに」

「全く持ってその通りです」

このまま吉岡様のご両親に挨拶を済ませ、私が代理として印鑑を押しても構わないぐらいに気分は高揚している。なんなら、今すぐ会場を予約していい。

「引き続き、頼むわ」と稀莉様のお母様、佐久間理香様との会話を終え、二人の様子を観察する。まだ動く気配がないので、さらに別の人に電話連絡した。

「お二人は無事に会えましたよ」

電話の相手は稀莉様の事務所のマネージャー、長田佳乃さんだ。

「よかった、安心しました。晴子さん、ありがとうございます」

「メイドですから」

「……メイドって何かしらね」

安心していたが、まだ不安がっていた。それもそうだ。ニ人は昨日言い合い、吉岡様は稀莉様を泣かしてしまった。

けど、心配はいらない。

「お二人はギスギスしてないですよ。むしろ、さっきは抱き着いていました」

「えっ!? 駅の中で堂々と!?」

そりゃもう、周りの目なんか気にせず、堂々と。

といっても、人はいなかったので安心してください。そう言ったが、マネージャーとしては認可できないらしい。

「お二人が人目も気にせず、イチャつきだしたら間に入って邪魔してください」

間に人って、邪魔する。なんて愚かな行為だ。

「それはギルティです。不可侵の領域に、侵犯できません。そのご依頼は丁重にお断りします」

「何で!? 二人を止めてくださいよ!」

「私は壁で天井で、観葉植物でありたいんです!」

「意味がわからないです!」

冷静なマネ-ジャ-さんが電話越しとはいえ、取り乱すのは珍しいなと思ったのでした。

なお、そのあと青森の雪を鼻血で染めたのは、別の機会に語るとしましょう。

風が普段より強く感じる。海に囲まれているからだろうか。邪魔するものは何もない。

でも、青森の時より寒く感じない。場所的なこともあるが、気持ち的な面も大きい。

青森で奏絵に再会してから数週間、私たちは残された課題をイべント前に終えるために、ある地を訪れていた。

「江ノ島にくると、アニメで見た場所だ~ってなるよね」

「江ノ島が舞台のアニメ多すぎなのよ」

先延ばしになっていたオマケ特典のDVD収録で、私たちは江の島に来ていた。私たちが担当するラジオCDが合同イべントで先行販売されるのだ。イベントまではそれほど時間がない。

「江ノ島は絵面がいいよね」

「海、開けた空は強いわね」

奏絵の言葉に同意し、話に乘る。

今日だけで、江の島を十分に堪能した。

「江ノ島いいところだね」

「もうちょっと人が少ないといいのだけど」

一緒にいった水族館も人が多かった。イルカショーを見たり、水族館に何故かいるカピバラを見たりしてはしゃいだ。

「クラゲの展示も綺麗だったね~」

「でも、ちゃんとカメラに映っているのかしら」

「確かに」

暗い中で見るクラゲは光っており、綺麗だった。だが、カメラ越しに見たらきちんと映っているかは怪しい。真っ暗な映像ではオマケ特典とはいえ、商品として良くないだろう。

今日はデートではなく、あくまで仕事だ。

デート風のロケ。きちんと録画できていなくては困る。

「色々、行ったね」

「歩き疲れたわ」

「ねー」

江ノ島で訪れたのは、水族館だけではない。

仲見世通りで江の島名物のたこせんベいを味わい、お昼には生しらす丼も食べた。

恋人の丘と呼ばれる場所では鐘を二人で鳴らし、良い映像が撮れただろう。鐘を二人で鳴らすと別れないらしい。バッチリと映像に残したので、何かあったら流して脅すことができる。そういった意味でも良い映像だ。

ロケの最後にシーキャンドル、湘南のシンポルと親しまれる展望灯台を登った。オマケ特典のDVD収録もそこで終わりだったが、私たちはそのまま江の島に残ることにしたのだ。スタッフと一緒に車で帰ることもできたが、まだ時間は残されていた。帰るにはまだ早い。せつかくならもっと奏絵といたい!

植島さんには「長い時間一緒にいたのに、まだいたいと思えるの?」と呆れられた。一緒にいたいのだから、仕方がない。

「それにしても稀莉ちゃんって、ちゃんと新幹線に乗れるんだね」

今は、展望台の麓に広がる植物園で花を眺めながらニ人で歩いている。

「馬鹿にしないで、私だって何度か乗ったことあるんだから」

「イべントで各地に行くもんね」

「そういうことよ」

本当のところは、東京駅までマネ-ジャ-の佳乃に一緒に来てもらい、案内してもらった。佳乃も私に辛い思いをさせたことを責任に感じていたのだろう。乗車券を準備してもらい、私はただ決められた時間の新幹線に乗るだけでよかった。

着いてからのことはあまり考えていなかったが、無事に出会えたのだ。私の行動は間違っていなかった。

それにしても、だ。

「今、考えても、奏絵の言葉はひどかったと思うの」

「本当にごめんって」

うるさい、稀莉ちゃんのせい。言葉は消えない。耳から消えてくれない。

「強く言いすぎよ」

「弁解の余地もございません」

「その分、しっかりと私に罪滅ぼししなさい」

「……わかっているよ。わかっている、期待していてね」

奏絵にしては珍しい発言だ。期待してね。文字通り期待させるような言葉は、私になかなか言わない彼女だ。私が調子に乗ってしまうから?

いつ、その期待は返って来るのだろうか。聞くのは野暮で、ワクワクしながら待つことにしよう。

青森ほど寒くないが、こっちももう冬がやってくる。けど、こうして手を繋いでいれば寒くない。

「青森にいたのが、もう遠い昔のようだね」

「私は鮮明に覚えているわ。「結婚してください」のプロポーズ」

忘れることはない。ライトアップされた桜の中での一言。感動的な場面だった。

「あれは違う!言い間違いだって!」

「録音してあるんだから」

「嘘つけ!!」

嘘じゃない。私の心の中で保護マークをつけて、厳重に保管されている。

そして、その後の「好き」の言葉で私は安心した。安心しきってしまった。言葉に、私の心はすっかりと落ち着いた。

「急に青森なんて本当に心配したんだから。青森の元カノにリンゴ園を営まないかと誘われ、焼きたてのアップルパイに奏絵が釣られてないか不安だったわ」

「リンゴ園? 焼きたてのアップルパイ? 元カノって!?」

「それとも元カレの漁師かしら。海鮮丼につられて、せんべい汁の味が恋しくなって地元に戻ったとか」

「漁師? せんベい汁? 元カレ!?」

「いったい、さっきから何の話なのド」と目の前の彼女が困惑していた。ふむ。私の妄想が現実になっていないようだ。安心だ。

……いや、そういえば怪しい人間に一人会った。

「もしかして、あの時に偶然会った女かしら。弘前駅で会った……」

「違う違う! 里美ちゃんは高校の部活の後輩だよ」

本当かしら。私に張り合ってきたし、なんとなく私と同じ匂いを感じたのよね。

だが、杞憂のようだ。

「それに青森に元カレ、元カノはいないから」

「青森に?」

青森、に。に?

「あー、そういうところ拾ってくる!」

「東京にいるの? 同じ業界? 大学生の時に?」

「なんもない、何もないって!」

怪しい。明らかに動摇している。じ-っと睨むと、彼女は頭をかきながら答えた。

「私の恋愛事情が、そんな気になるわけ?」

「気になるでしょ! 大好きな人なんだよ!」

「うっ、そんな直球で言われると」

奏絵のことなら全部知りたい。私は彼女の恋人だから知る権利がある。

もちろん過去のことを知って、傷つくこともあるだろう。それなら、私が何倍も、何十倍も上書きすればいい。同じ地で、それ以上の想いを、思い出を残させてあげる。

……と思いながらも、私の知らない奏絵の表情を誰かが見ていたと思うと、もやっとする。このもやっとは消すことができない。

タイムマシンを発明して、その相手を消さないと安心できない。

さすがの私でもそんなことしないよ? ちょっと脅すだけだから……。

「実際のところどうなの? 怒らないから」

「それ怒る人のセリフだ!」

「うるさい、黙って」

「うわー、何かある度、その台詞言われるやつ!」

奏絵が言ったことじゃない。演技だとしても、本気で嫉妬していたとしても、口に出した言葉は消えることない。何度だって言い返してやる。

やがて奏絵も観念したのか、小さな声で告げた。

「……いない」

「え?」

「いない、元カノも、もちろん元カレも」

吉岡奏絵に、元彼女も、元彼氏も存在しない。

「え、え?」

ばーっと顔が明るくなるのを自分でも感じる。いない、いないんだ!

「もう、嬉しそうな顔をするな!」

だって、つまり、吉岡奏絵の彼女は現在においても、過去においても、

佐久間稀莉、私しか存在しないー

「私が初めてなの? 告白も、付き合つたのも?」

「……おうだよ」

「アラサーなのに!? やばくない!?」

「そういわれると思ったから、言いたくなかったんだよ!」

「ヘヘヘヘヘヘヘっヘヘヘっへヘ」

「露骨に嬉しそうな顔をしないでほしい」

こんな嬉しいことはない。奏絵が言うには目の前のことに必死すぎたし、仕事を始めてからはそれ以外のことは考えられなかったとのことだ。嬉しいので、言い訳も認めてあげよう。

「じゃあ、今まで恋したことはないわけ?」

「ある」

チクリとした。恋はしたことある。

私以外の、誰かと、恋を。

「でも、面面から出てこなかった」

「はあ~~~~~~~~~」

ため息が出たが、二次元キャラなら許してあげよう。

「重症ね」

「ギャルゲーなら百戰錬磨だから!」

私、ギャルゲーの要領で攻略された?

……まあいい。私が初めて、と感慨深い。初めてでなかったら、そのギャルゲーはサービス終了していたかもしれない。

「奏絵」

「ん?」

「私も、同じよ」

短い言葉で「そう」と返した彼女の横顔が嬉しそうだったのを、私は見逃さなかった。

待合室で出番を待つ。

一人で待つのは不安で、隣に頼れる彼女は今日いない。そんな時どうすればいいのかと思うが、今は目に見える安心がある。

左手小指を見る度、私に元気をくれる。

ピンキーリン少。彼女がプレゼントしてくれたものだ。

「気持ちは形に残さなくちゃ。私なりの誠意だよ」と彼女がクリスマスの日に渡してくれた。あの日の罪滅ぼしを覚えてくれていたのか、それとも純粋な気持ちでくれたのか。

どっちにしろ、嬉しい。彼女がくれるものは形があってもなくても、すべて特別だ。

「佐久間さん、お願いしますー」

スタッフに呼ばれて、ステージへと向かう。

今日は劇場アニメの舞台挨拶だ。映画の宣伝でヒロインを務めた私が呼ばれたのだ。

緊張するが、小さな重みが私に勇気をくれる。

映画を見終えたばかりの観客が拍手で出迎えてくれた。

「これは大切な人からもらいました」

恋愛映面だったので、私にも話が振られた。マイクを持つと、ピンキーリングが司会者の目に人ったのだろう。「もしかして、恋人からもらったリングですか」と聞かれたので、何も考えずに答えてしまった。

「プレゼントをくれたのはよしおかん、あぁラジオじゃなかった、吉岡奏絵さんです」

どうやら、ちょっとだけ、まずい発言をしてしまったらしい。

イべント後、私は「またですか」と事務所に再度注意された。

そしてSNSが販わったらしい。オタクは過剩反応しすぎね。

そのおかげかどうかは不明だが、映面は大ヒットした、とのことだった。映面を見に来た観客はピンキ1リングをつけた人が多かったとか。その真相は定かではない。

稀莉「佐久間稀莉と」

奏絵「吉岡奏絵の」

奏絵·稀莉「これっきりラジオ~!!」

稀莉「先日、よしおかんがまた炎上しましてね」

奏絵「初っ端からその話題に行くの? 今日の放送荒れるじゃん!」

稀莉「大変なことは、最初に片づけた方がスッキリするでしょ」

奏絵「誰のせいで大変になったと思っているの? 反省してください」

稀莉「はいはい、反省してまーす」

奏絵「全然反省してない!」

稀莉「では、ラジオネ-ム『年越し蕎麦より年越しおでんだと思ったらうどん』さんから」

奏絵「長い! 結局、うどんなのかい!」

稀莉「読むわよ。『よしおかんがまた炎上しましたね。今度は舞台挨拶で稀莉さんがやらかした、らしいじゃないですか。けど、映像には出てこない。夕方のニュ-スでも流していいと思うんですよね。ねえ、映像出してください。この通りです。どうか、そこのところをなんとか!』」

奏絵「必死!」

稀莉「なんで、夕方や朝のニュースで流れなかったのですかね。映画の舞台挨拶の映像は何度か見たのですが」

奏絵「稀莉ちゃんの事務所が止めてくれたんだよ!」

稀莉「余計なことしやがって……」

奏絵「余計なことしたのは稀莉ちゃんだよ!」

稀莉「だって嬉しかったのよ! 素敵な贈り物に対して話を振ってくれたら、答えたくなるじゃない!」

奏絵「うっ、その気持ちは……嬉しい、嬉しいけどさ! 私の気持ちも考えて!」

稀莉「愛されて嬉しい」

奏絵「……頭が痛い」

稀莉「バファ〇ン飲む?」

奏絵「その半分の優しさを、配慮する気持ちに割いてほしい」

稀莉「イ〇派なの?」

奏絵「え、次のおたより? ラジオネーム『橘唯奈』さんから……っておい、ご本人じゃないかー」

稀莉「唯奈? なんて書いているの?」

奏絵∫怖い怖い。赤いペンでしかも太字で書かれているんだけど!『吉岡奏絵、調子に乗りやがって……』って、わざわざ送ってこないで!」

稀莉『調子に乘っちゃだめよ、よしおかん」

奏絵「乗ってないよ! もう- 唯奈ちゃんもわざわざ送ってこないでいいからね? それだけじやなくて、公式SNSで私のアカウントに絡んでこないでくれると嬉しいな……」

稀莉「え、そうなの? みせて」

奏絵「やだ」

稀莉「植島さんありがとう。どれどれ」

奏絵「もう植島さん! 見せなくていいから!」

稀莉「唯奈オフィシャル『合同イベントでは共演できて嬉しかった、ありがとうございます☆ 吉岡奏絵さんも綺麗で、面白い方だったなあ(絵文字) でも稀莉の隣は譲らないぞ!の思いだったよ(炎)』」

奏絵「穏やかに言っているけど、怖いんだよ! 公式SNSで呟かないでほしい」

稀莉「どういう意味の文なの?」

奏絵「理解してよ! 怖い、絵文字がまた怖い」

稀莉「ラジオではどんな絵文字か、お伝えできないわね」

奏絵「炎上芸人って現場でこないだ揶楡われたんだ。私は何にもしていないのに…」

稀莉「唯奈オフィシャル『私のオアシスに土足で人ってくるなんて、どういうつもりなのかしらね』」

奏絵「また違うの読まないで! 公式? オフィシャルアカウントでこれいいの? オタクたちはどんな気持ちでこれ読んでいるの?」

稀莉「喜んでるんじゃない?」

奏絵「これでいいの、唯奈オタクの皆さん!」

稀莉「でも、ピンキ-リングをくれたのは奏絵じゃない」

奏絵「いや、もう…そうだけどさ。認めるよ。あげたのは私だよ」

稀莉「公式発言きたわ」

奏絵「やめい! けど、イベントでピンキーリングつけるのは禁止ね」

稀莉「えーーーーー」

奏絵「駄目なの! オタクくんは繊細だから、小指だとしても指輪はモャモャしちゃうから」

稀莉「それぐらいで?」

奏絵「気を遣って、指輪にモザイクをかける人だっているんだよ」

稀莉「それはそれで逆に馱目じゃない? 煽ってみえない?」

奏絵「確かに。意識しているようにみえる……」

稀莉「でしょー。だから堂々と!」

奏絵「しなくていい! ともかく問題になるようなことはしないこと!」

稀莉「面倒くさいわね。私と奏絵はアカウントの横に公認マ-クがついているからいいじゃない」

奏絵「ついてないよ! 公式でもないよ。認められてないよ!」

稀莉「じゃあ課金して、プルーにしましょう」

奏絵「今はプル-じゃなくて、プレミアムかな? どっちにしろ、無理だよ。各所の許可がないと」

稀莉「そんなSNSはサービス終了よ! さっさと公認しなさい!さもなければサ終!」

奏絵「横暴すぎる!」

隣の彼女は「今日もひどいラジ才だった」と呟いたが、私は楽しい回だった。

「仕事の時以外はいいのよね。ピンキーリングをつけて」

「そりや、つけているのは見たいからさ」

「ふふっ、奏絵だけに見せればいいのね」

「……そういうことだよ」

照れる奏絵に私の心はキュンとする。指を絡め、彼女を見つめ、そして、

「おーい、家に帰ってからイチャついてくれい!」

……構成作家に邪魔された。

「お家に帰っても奏絵がいないんだから、仕方ないじゃない!」

「そういうことじゃないよ! ごめんなさい、植島さん」

「じゃあ同棲よ、明日から同棲するわよ!」

「しない、急すぎるよ?」

「言質~。急じゃなければОKってことですね。理解しました。じゃあ計画的に……」

「もう何を言っても駄目じゃん!」

「言葉には責任を持ちなさい」

「炎上させた犯人が言うことじゃないよ!?」

「だから、家でやってくれって…」

ラジオが終わっても、私たちの会話は終わらない。

終わることなく、私たちのこれからは読くのだ。

サ終することなく、私たちはこれからもずっと、そう願って。