#1 - 2024-4-13 11:01
仓猫
ちいさな雪だるま


入試が始まるということで大学は長い春休みに人り、僕は小春に会いに北海道へ向かった。

小春が十月に北海道に転院してから会うのは初めてだ。

飛行機が新千歳に到着し、新千歳から特急で札幌に向かう。

もうすぐ三月で春が近づいているはずなのに、列車の窓から見える街並みはまだまだ冬だった、一面の雪景色の中に、雪の重みで曲がるのか、枝や幹の垂れ下がった木々がある。白い雪、民家の屋根、曲がった木々。そんな景色が特急のスピードに乗ってどんどん流れていく。生まれ故鄉や東京とはまた違った景色を見て、遠いところまで来たんだな、という実感が湧いた。

病室に人ると小春とおかあさまがいた。

おかあさまは僕を歓迎してくれて、後は若い人にお任せしてふふふ、と病室を後にした。

「来たよ」

「ありがとうございます」

小春はベッドの上にいた。

もこもこパジャマ姿で体を起こして僕の声のする方へ顔を向けている。一度は短く切った髪も伸がて、

肩より少し長くなっていた。小春は見るからにうれしそうに微笑んでくれている。そんな笑顔を久しぶりに見て、愛おしさが一気に胸にあふれた。

「調子は?」

「元気ですよ。遠いところまでありがとうございます」

「やつばり北海道はめちやめちや寒いね」

「そうですか? 病室は暖房が効いているので」

「外は寒いよ、ほら」

と、小春の手を握る。

「つめたつ! かけるくんの手がこんなに冷たくなるってめずらしいですね」

あたためてあげましょうと小春は両手で僕の手を握る。小春の手の方があたたかくて、いつもあたためる側だった僕の役割が今日ばかりは逆転した。小春の体温が伝わってきて心地よい。

手を握ったまま小春に治療の進捗を聞いた。悪いところは着々とちいさくなっていて、経過良好らしい。

「本当?」

「え。疑われています?」

「まあ前科があるからなあ」

そう言うと、小春はもうって笑っていた。

「ね、かけるくん」

「なに?」

「このあたりに座ってもらえませんか」

小春は両手でジャスチャーして自分の隣を示す。それに従って、小春の橫に腰かけた。座ると同時、小春は僕に腕を回して自分の頰を僕の体にすり寄せてきた。

「うお、どうしたどうした」

「かけるくん成分を補充しています」

「なんだよ、僕の成分って」

小春が触れる部分が熱を带びる。きっと体が熱いのはよく効いた暖房のせいじゃない。

気恥ずかしさにどうしようかと迷っていると、

「また会えなくなる期間、がんばれるように、がんばれって言ってください」

そう、小春は口にした。

僕は、がんばれ、がんばれ、となるべくやさしい口調で小春の頭を撫でた。

「お医者さんが、春がくるころには目処がつくんじやないかって」

「ずごいじやん! じやあ、また大学が始まる前にも来るよ」

「いいんですか?」

もちろん、って答えると、小春は、「も~!」と恥ずかしそうにしながら、僕の後ろに隠れた。

それがなんだかおがしくって笑ってしまった。え、何がおもしろいんですか、みたいなことを小春が言って、なんでもない、とか、なんですか、とかふたりで笑いあった。

窓から外を見ると、雪がしんしんと降っていた。

「お~、雪が強くなってきた」

「たくさん降っていますか?」

「びっくりするくらい降ってる」

風はないようで、ただまっすぐ雪は落ちている。窓の外が白く見えた。

「街並みはどんな感じでした? 私も北海道は初めてなので」

「歩道の横に雪が盛られたりしていて、どこもかしこも雪だらけだよ」

「雪ですか。そういえばしばらく雪に触れてもいませんね」

「触りたい? 雪」

「雪の冷たさとか、たまに感じてみたくもなるんですよね」

じやあさ、とスマホで検索する。

「ちょつと待っててくれる?」

そう言って、小春の病室から出た。

それから三十分ぐらいして、小春の病室に戻った。

「お待たせ」

「遅かったですね」

「近くに百円ショップがあったからさ。クーラーボックス、買ってきた」

「え。急にどうしたんですか」

「いや、ここ、暖房効いているから、すぐ溶けるかなって。クーラーボックスに雪を詰めてきたんだよ」

小春の膝に発泡スチロールで出来たちいさなクーラーボックスを乘せる。

「ええ~、すごい! ありがとうございます」

「小春が外に出たいです! とか言い出したらたいヘんだからさ」

「もうつ、そんなこと言いませんよ」

頰を膨らます小春に「本当?」って聞くと、「もうちょっと暖かったら、言ってたかもしれません」と笑った。その恥ずかしそうにする表情はずるい。

「かけるくん? 隣に座っていいんですよ」

ずっと立っている僕を不思議に思ってか、小春は自分の近くをやさしく叩く。

「いや、ちょっと」

「あっ、もしかして……」

小春はベッドから身を乘り出して、手さぐりに僕を触った。

「やつばり、雪で濡れたんですね?」

病院の人り口で雪をはたいたけど、暖房で溶けた雪がズボンを濡らしていた。

「あ、はい」

自分が濡れてまで何かするのは禁止です、と小春はまた頬を膨らます。

「まあ、かけるくんらしいって言ったら、かけるくんらしいですけど」

と、最終的に小春はやさしく微笑んでいた。

「それよりさ、雪も溶けるから。触っていいよ」

そう促すと、「わかりました」と小春は言って、クーラーボックスの中に人った雪に手を人れた。「わ~冷たいです~」とうれしそうにしてくれた。

「雪だるまでも作る?」

「じやあ私、顔を作りますね」

「じやあ僕は体を作ろうか」

そうしてふたりで雪だるまを作った。

小春が作っている雪玉より大きめな雪玉を作ってクーラーポックスの中に置く。小春はちいさな雪玉を指で削って目と口を作り、手探りに僕の作った雪玉に顔となるちいさな雪玉を乘せた。ちいさな雪だるまが完成する。

「まさか病室で雪だるまが作れるとは思いませんでした」

「まあ、花火を見たくらいだからね。次はバーべキュㄧでもしようか」

「さすがに火気厳禁じやないですかね」

絶対怒られちやいますよ、と小春は大きく笑う。

「じャあこの雪だるまはクーラーポックスにしまって、あとで野生に戾しておくから」

野生に戾すってなんですか~、と小春がまた笑って、ちゃんと仲間を見つけられますかね、とノってきた。

笑う小春を見ると、ずっと笑ってほしいって思った。

たとえ外は寒くても、冬に閉ざされたような境遇にあったとしても、ずつと小春の心はあたたかなものであってほしいって、心から思う。

そんなことを思って、僕は冗談でも言いながら会えなかった時間を埋めた。

小春はたくさん笑っていた。

ふと小春は、窓の外を見るようなそぶりをして、

「春になったら、ちャんと雪は溶けるんですかね」

と、落ち着いた声で言った。

「もしかして、心配?」

「心配はあります。けど、やっぱり、春は待ち遠しいです」

そう小春は笑う。

小春の笑顔に、どこか春を待つ息吹めいたものを感じた。

《ちいさな雪だるま 了》