#1 - 2022-11-1 13:53
日立温 (迈向大和抚子之路)
他人と同じ様には生きられない、そんな不自由さを抱えた人々をテーマにした作品を発表し続ける作家・凪良ゆうの新作。

割と「つかみ」の強い作家だけど今回もプロローグからフルスロットルの加速を見せてくれる。なんせ語り手で主人公と思しき女性・暁海が旦那と思われる男性が自分では無い女性と過ごす為に出掛けていくのをまるで近所へお買い物へ行くのと同じ様な気安さで見送る場面から始まるのである。しかも直後に続く娘と思しき若い女の子が友人と交わす電話口での会話がその状況がご近所に知れ渡っている事を裏付けるのだから堪らない。

それじゃプロローグでハッタリかまして読者を掴む事に全精力を注ぐタイプの作品なのかと思ったら、暁海の高校時代から始まる本編はもっと強烈。プロローグは精々が軽いジャブ、父親が浮気相手の元へ出奔し、共に暮らす母親はまだ高校生の娘に「お父さんを連れ帰って来てよ」と縋ってくるという骨に響く様なストレートが飛んでくるのである。

それのどこがストレートかと思われるかもしれないが、暁海の住んでいるのがしまなみ海道が本州と四国を繋ぐ、今治の対岸にある島、娯楽に乏しく他人の噂話だけが楽しみという住人ばかりのひどく狭い社会である、と説明すれば若き日の暁海が置かれた状況をご理解頂けるだろうか?

物語はそんな遣る瀬無い環境で好奇の目に晒され続ける暁海が京都からの転校生にしてシングルマザー家庭の少年・櫂がウイスキーの香りを漂わせている事に気付いた所から動き始める。暁海の親もなかなかの毒っぷりを撒き散らしているのだけど、櫂の一人しかいない身内である母親はその上を行く。

何度惚れた男に捨てられてもまた別の男に惚れて捨てられるを繰り返し、合間に息子に縋って「あんただけは一緒にいてよ」と泣きついてくるダメな女性の見本みたいな櫂の母親だけど、そんな毒親の見本みたいなのに育てられた、自分とそっくりの立場の異性がいると暁海が知った所で本作のギアは最高速に到達。

若くて健康な男女が二人揃えば深い関係になっちゃうのは当然の事なのだけど、愛し合ったからと言ってご都合主義満載な無敵の主役カップルになれる訳じゃ無いのが本作の厳しい所。この段階では暁海と櫂の関係は単なるガキの恋愛ごっこに過ぎない。先に言ってしまうと本作は暁海が34歳になるまでの物語なので「高校生編」は助走に過ぎない。

漫画原作者として東京の大手出版社から声を注目される存在となった櫂が高校卒業と同時に上京する事になるのだが、父親が出奔したままで母親が離婚を認めない上に相手の女性の家に灯油を手に乗り込んでいくという危なっかしい状態に陥った暁海は櫂と遠距離恋愛を選ぶ事に。

そしてここが重要なのだけれども、暁海にはこの時点で毒親全開な両親を捨てて櫂と東京へ旅立つという選択もあるにはあったのである。でも暁海はその選択肢を掴まない。「お母さんを残して行くのは不安だから」「大学に進む経済的余裕が無いから」という理屈で自己欺瞞に逃げ込み島に留まってしまうのである。好きに生きれば良いのにそうしなかったのである、ここ重要。

離島の女子高生に無理を言うなよ、と仰る方もおられるだろう。でも父親の浮気相手であり刺繡作家の瞳子が暁海の母親の放火騒動の際に助けに入った櫂との間で交わした会話がここで大きな意味を持つ。

「瞳子さんの言うてるのは正論やん。いっつも正しい強い人間なんかおらんよ。あかんって分かってても、そっち行ってしまうことがあるやん。人間はそない単純やない」
「きみのそれは優しさじゃない。弱さよ」

……ぐうの音もでないとはこの事であろう。そう、この時点での暁海の選択は自身の弱さゆえ、なのである。誰にも頼れない東京で生活していけるか、両親を捨てた事で地元の連中から薄情者扱いされるんじゃないか、そんな不安に負けるぐらいに、自分の足で踏ん張って立つ力と覚悟を持てない暁海が弱いから櫂と離れ離れになるという選択をしてしまった。ただそれだけの事なのである。

スタジオジブリの「耳をすませば」でヒロインの雫に対して父親が「人と違う生き方はそれなりにしんどいぞ。何が起きても誰のせいにも出来ないからね。」と諭す場面があるけども、人と違う・自分の望む生き方をしようとすればまず何かを言い訳にしてしまいがちな弱い自分に勝たなきゃならない……要するに「強さ」が無ければ自分らしい自由な生き方なんて絵に描いた餅。そんな身も蓋もない事を作者の凪良ゆうは本作で徹底的に突き付けてくる。

作中で描かれる「強さ」の正体も割と容赦ない。地元を離れても、身内と縁を切っても、周りから奇異の目で視られても、そんな諸々を気にしないで済む自活力があれば割と何とかなっちゃう事が次第に見えてくるのだけれども依存してくる毒親にどっぷりと侵されてある種の共依存関係に陥っている暁海には苦労が尽きない。

男女同権なんか一つも認めない昭和そのものと言った感じの暁海の勤め先は就職しても経済的余裕なんか与えてくれないし、戻ってこない夫に依存しきっている母親は新興宗教にハマって借金漬けに。でもそんなダメ過ぎる母親や職場の環境、島の状況を言い訳の材料にして現状に立ち向かおうとしない暁海の姿が一番しんどかったりする。

しかも肝心要の櫂との関係も歳月が過ぎていく中で東京と地元の距離より離れて行ってしまうのだから実に厳しい。原作を担当した漫画がヒットし、売れっ子になった櫂の周りに他の女の存在が明らかになっても「櫂に対して強気に出れるものが何一つない」という理由で目を瞑る様の何と惨めな事か……これもまた本作で作者が読者に突き付ける「自由に生きる為に必要な強さ」という奴なのであろう。

かくの如く序盤の高校生編をフルスロットルで突っ走り大ジャンプするのかと思われた物語はジャンプ寸前に「でも怖いから」とアクセルを緩めてしまった暁海自身によって奈落の底へと落ちていく。

それじゃ何の救いも無いじゃんと思わせておいて、しっかりと中盤以降も楽しませてくれるのだから凪良ゆうは一筋縄ではいかない。櫂の順風満帆だった人生と暁海のどん底を這いずり回る様な人生が次第に逆転していくのだから相変わらず見事なストーリーテリングだと言って良いだろう。凪良ゆうの作品に退屈の文字は無いのである。

ストーリーの起伏の付け方だけでなく、登場人物の造形にも作者の「らしさ」はしっかりと出ている。他人と違う生き方の先達役は瞳子だけかと思っていたら、序盤から登場して若い二人の為に何かと手助けをしてくれていた高校教師の北原、これが徐々に怪物染みた人物だと明かされていく展開に唖然。

序盤では島でただ一人のシングルファーザーとして一人娘を甲斐甲斐しく育てている良親の見本で主役二人の毒親とは対照的な好人物と描かれていただけに、後半でその本性を現すや櫂のパートナーで作画担当だった尚人がゲイであるという設定が可愛くみえるぐらいのぶっ飛んだ倫理観の持ち主だと明かされて大いに仰天させられた次第。本作は基本現実寄りの人物造形なのだけどここだけ「神さまのビオトープ」や「すみれ荘ファミリア」に近いというか……

波乱万丈の20代を過ごした暁海は瞳子や北原の協力もあって少しずつ「強さ」を得ていくのだけど、何も失わずに「強さ」が得られるほど人生甘くないと最後の最後で突き付けられるのだから本作における作者の容赦無さは際立っている。強さを得る引き換えに失っていたのが「時間」であったと気付かされる残酷さたるや……「何も失うことなく欲しい物だけ手に入れる事なんて、そんなムシのいい人生がある訳無いじゃん」と作者に思い切り突き放された様な気分になったのは自分だけではあるまい。

でも、残酷さは強烈なんだけども納得感が残るのが本作の不思議な所。回り道は果てしなく長かったし、失った物も大きいのだけれども「自分が望む生き方を貫く自由とそれを支えられるだけの強さ」という未来に向かって自分のペースで歩いて行ける権利を暁海が掴み取ったのが大きいんだろうか?

家庭環境や地元の状況を逃げ道にして自分の望む、他人と違った生き方から逃げた女の子が揉まれに揉まれまくって自分の足で立って周りに依存せず歩ける大人の女に成長していくという割とオーソドックスなテーマだったのだけど、波乱万丈のストーリーテリング・分厚く個性的な人物造形・そして割と身も蓋もない正論で攻めてくる容赦の無さが本作を突き抜けた物にしている。

「なりたい自分?選びたい人生?あるよ、あるけど現実は……」そんな自由から逃げる為の言い訳探しに必死になった経験の一つや二つ誰にでもあるのだろうけど、だからこそ誰にでも強烈に染みる劇薬の様な強烈さを持つ一冊。読み終えると何とも言えない苦味が口いっぱいに広がる作者らしさ全開の一冊だけれども、これを求めていたのだなと心底納得させられた凪良ゆうの最新作であった。
#2 - 2022-11-1 13:58
(迈向大和抚子之路)
凪良先生の作品の中では重たい部類に入る物語でした。

流浪の月が好きならば、間違いなく今作も刺さる。自分がそうだった。



主人公・暁海と恋人の櫂。

互いに家族を捨てられない呪縛に囚われている時に出会い、付き合う。

これ以上ない関係だったが、環境や現実問題が2人を離れさせていく。

そんなつもりじゃなかったのに…

互いに道を歩きながらも想いあっているのに、隣にはいない切なさは辛かった。

時の経過は残酷な程に試練を与えていく。



なんて壮絶な人生なんだ。

必死に生きる暁海、櫂。そして周りの人達の葛藤から脱皮を描かれていて、胸が切り裂かれるような痛みがありました。しかし、彼らが選んだ選択は間違いなどではない。

間違いだとしても、後悔しない生き様を見れました。



島の狭い考えに左右されずに、自分が良いと思った風に生きたらいい。間違いなんてあっても、気にしなくて良いんだ。

狭いコミュニティの悪い部分には気が滅入りそうになりますが、暁海の成長した姿を見ると、大丈夫だと安心しました。



自由と不自由、勝ち取るべきはどっちか。

読んでいて、辛いけど引き込まれていきました。