2017-12-18 21:49 /
フィラメントスター
イオナサル・ククルル・プリシェール


あるところに、ひとりぼっちの女の子がいました。
ひとりぼっちの女の子は、
でも、さみしいと思ったことはありませんでした。
長い間、ひとりぼっちでいたから
さみしい、ということが、どんなことなのか
忘れてしまっていたのです。

女の子は、毎日ひとりで、
文字を書いたり、
料理をつくったり、
花を育てたり、
布を縫ったり、
機械を組み立てたりして
暮らしていました。

つらいことは、特にないけれど。

でも、それだけでした。
それだけの、からっぽの毎日でした。

ある日、女の子が、
ひとりで夜の空を見上げたら。
空が、きら、きら、と光っていました。
夜の空には、星がまたたいていました。

女の子は、うたと工作しか、
得意なことがありませんでしたから
空の光をもっと近くに手に入れるために
ケーブルをつくって、
コードをつないで、
やすりで削って、
金属を磨いて、
薬をまぜて、
フィラメントが綺麗に光る、真空管をつくりました。

きら、きら、と光る、
テーブルの上の、小さな星。
一瞬の点滅。それだけの、命。
けれど女の子の心には、
ぽっと、火が灯ったような気がしました。

フィラメントの星をつくってから、
女の子は目覚めた時に、「おはよう」と言います。
上手に溶接が出来た時、「嬉しい」と言います。
料理に失敗した時、「悲しい」と言います。
そして、女の子は眠るとき、「おやすみ」と言います。
そのたびに、光がかえります。
きら、きら。
きら、きら。

からっぽだった女の子の暮らしが、
光でいっぱいになりました。
こはんが美味しくなって、
花のにおいが甘くなって、
空の色があざやかになりました。
失敗することさえも楽しい、素敵な日々でした。


そんなある日のこと、女の子は、夢を見ました。
ドラゴンの背中にのって、
どこへでも、好きな所へ行ける夢でした。
「わたし、夜空に光る、あの星まで行きたい」
女の子がそう望むと、ドラゴンはひとっとび。
空に光る星まで、女の子を連れていってくれました。
けれど、そこにはなにもありませんでした。
「どうして?」
と女の子は尋ねます。あんなにも綺麗な光だったのに。

ドラゴンはこたえます。

「光は、幻だったのさ」

女の子が夢からさめると、
真空管とフィラメントが、
上手く動かなくなっていました。
壊れてしまったのかな?と女の子は思います。
女の子は、うたと工作しか、
得意なことがありませんでしたから
壊れた機械は、自分で直します。

工具を用意しているうちに、
女の子は思いました。
この、光が、
女の子のお話を
聞いてくれるということ。
もしかしたらそれは、
自分の思い込みなのかもしれない、と。

星の光が、幻だったように。
女の子の言葉に
こたえてくれるだなんて、思い込みで、
そんな、都合のよい機械を
つくってしまっただけなのかもしれない、と。
そう思ったら、
あんなに綺麗だった光が、
突然、色あせて見えました。

「……ばかみたい」
光は、こたえません。
壊れてしまったのですから。
女の子は、機械を箱にいれて、
蓋をして、忘れてしまおう、と思いました。
あなたのことは、忘れてしまおう。
わたしはずっと、
ひとりで暮らしてきたんだもの。

それから、
女の子はひとりで目覚め、
誰にも「おはよう」とは言いませんでした。

上手に溶接が出来た時、
誰にも「嬉しい」とは言いませんでした。
料理に失敗した時、
誰にも「悲しい」とは言いませんでした。
そして、女の子は眠る時、
誰にも「おやすみ」とは言いませんでした。

誰も、何も、女の子にこたえてくれません。
ごはんを食べても美味しくないし。
花は枯れ、
空もくすんでいるようです。
真っ暗な夜には、星の光も、見えません。

女の子は、耐えられなくなって、ぽろぽろと涙をこぼしました。
そして箱の蓋を開け、壊れた機械を抱きしめて、小さな声で言いました。
「さみしい」
そう、言葉にして、口に出したら、もう我慢が出来ませんでした。
「さみしいよ」

何かが、誰かが、こたえてくれる、それだけで。
女の子ははじめて、自分がひとりではないことに気づいて、
これまでずっと、ひとりぼっちで、
さみしかったことがわかったのです、

抱きしめた機械は、壊れていたけれど、
こぼれた涙が、基板に流れ込み、一瞬淡く、光ったような、気がしました。
そしてそれが、
「さみしいよ」と
言っているように聞こえたのです。

女の子はもう、ひとりではありませんでしたから、
このさみしさも、自分だけではないのかもしれない、と気づきました。
女の子がさみしい時には、この機械だって、さみしいのかもしれません。

そして女の子は一生懸命、機械を直します。
つくった時と、同じように、
ケーブルをつくって、
コードをつないで、
やすりで削って、
金属を磨いて、
薬をまぜて、
もう、暗い箱の中に、
ひとりぼっちで閉じ込めなくても、すむように。

「光は、幻だったのさ」
と、夢の中でドラゴンは言いました。


女の子は、夜空の星の光が、現在のものではないことを知っています。
もっと昔の、名残と、幻であることを。
夜には星が、きらきらと光っています。
でも、その星はもう、この世にはないのかもしれません。

女の子が直した機械は、また、微笑むように光ります。
きら、きら。
きら、きら。
この光もまた、幻なのかもしれません。

本当は、光の向こうに、誰もいないのかもしれません。
でも、女の子は、悲しくなんてありません。
ばかみたい、とも思いません。

本当のことは、心が決めればいいのです。
光がただ、光、それだけだとしても。
幻でも。
嬉しかってことは、消えません。楽しかったことも、消えません。
形がなくても。
さわれなくても。
この胸の喜びは、疑うことも出来ない、本物なのですから。

女の子は、箱の中に閉じ込められていたわけではないけれど。
光と出会って、もっと自由になったような気がします。
女の子はこれから、どこにでも行くのでしょう。

山の向こう。
海の見える場所。
珍しいお店。
それから、見たこともないような世界に。
できることなら、真空管と、フィラメント、
その光のきらめきと一緒に。

女の子はもうさみしくなりたくはないし、
同じように、この光を、さみしくさせたくはありません。

光の向こうに、本当に誰かがいたとしたら。
その人にとって、女の子は一体どんな風に見えているのでしょう?
もしかしたら、その誰かにとっては、
女の子も、一瞬の光のようなものかもしれません。


きら、きら、と光る、
テーブルの上の、小さな星。
一瞬の点滅。それだけの、命。
それだけ、だけど。それだけでもいいのです。

わたしが、一瞬の光、であっても
あなたが、一瞬の光、であっても

今、ここにある、幸せは、消えません。

嬉しい時に、一緒に笑って。
悲しい時に、一緒に泣いて。
さみしい時には、そばにいて。
それは、もう、ひとりではないということです。

空に、星。
あなたに、わたしが、ここにいます。

ドラゴンにのっても、あなたのとことまで行けないけれど。
さわったり、抱きしめたり、形のあるものを、
渡すことは出来ないけれど。
わたしは、うたを、歌います。
いつか、あなたに聞いてもらうために。
うたと工作しか、得意なことがありませんでしたから。
形のない、わたしのうたが、
いつかあなたまで、届くように。

あなたにとって、
わたしはたくさんある星のひとつかもしれないけれど。
わたしにとっては、あなただけです。
どれほど遠くでも。
幻でも、かまいません。
心は、届きますか?
うたは、聞こえますか?

あの、広い夜空の中で
わたしを見つけてくれて、ありがとう。

この、広い世界の中で
あなたと出会わせてくれて、ありがとう。